求人広告を見てみると、どこもかしこも同じ表現にありふれていて、別の表現を使えば差別化できるのではないかと時に思います。しかし求人に載せられる内容は厳選されており、自分なりの表現で表せない窮屈さを持っています。 例えば、家族の事を聞くことは差別に当たるかと聞かれれば、答えはイエスです。不思議に思うかもしれませんが、家族の事を聞く事は蛙の子は蛙という風にとらえ、基本的人権を尊重しない考え方だとされ、就職差別をされます。また本籍について聞くことも関西人、田舎者、など地域差別に該当する為、これも差別に当たります。 よく広告の求人で元気で明るい人などの表現が目立ちますが、これは健康な人では身体障害者への差別、日本人となれば外国人差別にあたり、結局行きつく表現が元気な人という言葉になります。 故に求人を扱っている企業があまりにも表現に乏しい内容を使っているのはこのような差別を避ける為の配慮がなされているからです。故に広告という表現が自由と感じる業界だと感じますが、このような窮屈さが漂っているのです。